ジャーナリズムXアワード

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2022.11.02

第3回ジャーナリズムX(エックス)アワード受賞案件

2021年に発表された活動成果や取り組みを対象とする、第3回ジャーナリズムX(エックス)アワードの受賞案件を決定しましたので、お知らせします。

 

ジャーナリズムX賞(大賞)1件 賞金100万円

シリーズ「双葉病院 置き去り事件」
(受賞者:中川七海Tansa

 

ジャーナリズムY賞1件 賞金30万円
県政、市政記者クラブ経由の話題が多い地方において、ニュース「奈良の声」が小さな独立メディアの自由度を生かした探究的取材により伝えた、2021年の独自ニュースの数々

※以下、代表的な記事

(受賞者:浅野善一/ニュース「奈良の声」)

 

ジャーナリズムZ賞(選考委員奨励賞)3件 各賞金5万円(五十音順)
「障害者と生きる」
(受賞者:北井寛人/静岡新聞

 

全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道
(受賞者:宮崎拓朗/西日本新聞「あなたの特命取材班」

 

「辺野古に陸自」合同取材(沖縄タイムス/共同通信)
(受賞者:阿部岳〈沖縄タイムス〉+石井暁〈共同通信〉)

 

 

受賞者コメント

 

中川七海/Tansa

中川七海さん

双葉病院に入院していた父を亡くした遺族、菅野正克さんの言葉が忘れられない。福島県大熊町の帰還困難区域内にあり、まもなく取り壊される自宅で呟いた。「誰も責任を取りたくないんだね。時間が経てば、そのうち忘れてくれるだろうと思ってるんじゃないですかね」。

 

「責任をとりたくない人」たちが不問にされる背景には、双葉病院の犠牲者のために声を上げる人が少ないことにある。かつて双葉病院で働いていた准看護師、木幡ますみさんが語るように「双葉病院は、社会の隅に置かれた人たちの最後の居場所だった」からだ。亡くなった方々の中には、引き取り手のない遺体が複数あった。

 

電気も水道も絶たれ、雪の降る海辺の病院に置き去りにされた方々の無念は、想像してもしきれない。記者の私にできるのは、10年間伏せられてきた事実を掘り起こすことだった。当時の私は記者1年目。不安はあったが、犠牲になった方々の視点で抱いた疑問を一つ一つ取材していった。受賞を励みに、続報に向けた取材を進めたい。

 

 

浅野善一/ニュース「奈良の声」

浅野善一さん

奈良県という日本の一地域が舞台だが、世界中でまだ記者しか気付いていない事実、問題、視点、そして市民から寄せられる声を大切にする。そういう気概でやってきた。粘り強く、丁寧に取材をしていくと、やがて特ダネや独自ダネへと実を結び、行政が対応に動くということにつながった。

 

ウェブメディアの良い点は、世界中からニュースの閲覧が可能なこと。全国各地に類似の課題を抱える地域もあると思う。

 

メディアとしての認知度は低くても、伝えるニュースが確かな取材に裏付けられたものなら、読者の信頼を得られる。「ジャーナリズムXアワード」によって評価をいただき、それが認められた思い。とてもうれしい。

 

活動を始めた当初は“小さくても伝えられる”と考えた。今は“小さいからこそ伝えられることがある”に変わった。なぜなら市民に近い存在になれるということだから。

 

これまで寄付をしてくださった方、信頼してくださった方に深く感謝申し上げたい。

 

 

「障害者と生きる」ロゴ

北井寛人/静岡新聞

障害者権利条約が2006年に国連で採択され、共生社会実現は世界的な潮流になりました。日本も2011年に障害者基本法を改正し、障害者を巡る環境や世間の理解は改善してきたのだと思います。しかし、ある重度障害者の父親と出会い、取り残されている重度障害者やその家族がいるという事実を粘り強く発信しなければいけないのではないかという思いに駆られました。障害者とその家族の「叫び」を伝える報道を、これまでよりも読者に身近な問題として捉えてもらうにはと思考を巡らせ、あえてその男性一人に焦点を当て、支援制度などの分析までも省いて男性の半生を掘り下げました。その試みをご評価いただきましたことは大変うれしく、感謝申し上げます。男性と出会ったときは、記者になって1ヶ月でした。熱量だけで経験のない私をご指導して下さった上司、何よりもそんな新人記者に半生を語って下さったその男性に、この場を借りて深く御礼申し上げます。

 

 

宮崎拓朗/西日本新聞「あなたの特命取材班」

「ひずむ郵政」ロゴ

4年前から、郵便局が抱える問題の取材を続けてきました。受賞期間の報道は、主に郵便局長の不祥事を取り扱ったものです。

 

約1万9千人の小規模局の局長たちは2007年の郵政民営化後、郵便局網を維持して自分たちの地位を守るため、選挙活動を展開しています。そのなりふり構わぬ活動の結果、総額8億円もの会社経費を政治活動に流用するなどの不正を頻発させていたのです。

 

その実態を明らかにしたのは、読者とSNSによって双方向でつながる「あなたの特命取材班」に寄せられた全国からの内部告発でした。

 

日本郵政グループは、自民党を支援する人物でなければ郵便局長になれないというゆがんだ慣例を容認し、選挙支援を受ける政権与党や政府も黙認したままです。

 

問題の解決は容易ではありませんが、受賞を励みに、これからも郵便局の問題をはじめとする社会課題の取材に取り組みたいと考えています。この度はありがとうございました。

 

 

阿部岳さん(左)、石井暁さん(右)

阿部岳〈沖縄タイムス〉+石井暁〈共同通信〉

旧知の阿部岳氏から最初のメールを受け取ったのは、2020年の5月25日だった。辺野古新基地に陸上自衛隊が駐留を計画しているという。

 

筆者は2017年、同じテーマで数か月間取材したが、防衛秘密の厚い壁を崩すことができず頓挫していた。記者になって35年、これまで全く経験がない同業他社との「合同取材」をスタートさせた。

 

記事が掲載されたのは半年以上たった2021年1月25日だった。取材は当然のように難航。信頼していた自衛隊元幹部にミスリードされ、一時は取材を断念する寸前まで追い込まれた。めげなくてよかったと思う。(石井暁)

 

情報の断片は沖縄にも東京にもあった。独力では記事化できず、もともと闘う取材姿勢を尊敬していた石井暁さんにご相談したことから異例の合同取材が実現した。1人、1社では超えられない秘密の壁も、束になってかかれば突破できる。権力がますます強くなり、メディアの信頼や経営が揺らぐ中、権力監視を続ける一つの方法ではないだろうか。(阿部岳)

 

 

選考を終えて

 

第3回を迎えたジャーナリズムXアワード(以下、JXA)に、たくさんのご応募ありがとうございました。前2回以上に味わい深いものが多く、取捨選択の難しい審査でした。当基金の運営幹事5名による一次選考で二次選考に進めるノミネート候補を絞り込み、外部有識者3名を加えた二次選考でX、Y、Z賞合わせて5件を選定しました。

 

今回も、既存メディア・地域メディア・小グループ・個人と発信者が多様で心強い反面、器(媒体)に関わる新しい挑戦は目立たず、むしろコロナ禍にも後押しされて、ウェブという汎用プラットフォームが社会に広く深く浸透したことを窺わせました。一方、「マス」なメディアの退潮が進む転換期に、そこから自立の道を選ぼうとする人びとが増え、さらにそうした動きの中から次世代のジャーナリストが羽ばたきつつある手応えも感じます。

 

応募対象となった2021年は、新型コロナウイルスの感染拡大がなおも波状的に世界各地を襲う中で、日本では東京オリンピックを強行し、秋には衆院選が行なわれて政権与党が大勝しました。経済弱者や人権弱者は放置されたまま、入管施設での死者により、ようやく問題が垣間見える事件も起こりました。また、沖縄と鹿児島にまたがる琉球弧の島々で、中国を主な仮想敵とした日米両政府による軍事要塞化の足音がいよいよ強まった年でもあります。応募案件にもそれらが反映されていました。

 

もうひとつ、まだ授賞には至らないものの、世界的にファクトチェックの重要度が高まり、日本でもここ数年、いくつもの取り組みが生まれています。今後、ジャーナリズムの基幹インフラに成長していくことを、期待とともに注視したいと思います。

 

第3回の節目で振り返ると、運営幹事、アドバイザー、外部選考委員は市民社会において多彩な経験を積んだ顔ぶれとはいえ「ジャーナリストではない」ことを謳うアワードであり、その意味ではジャーナリズムの素人が手探りを重ねてきた軌跡です。予断なくフラットな関係で話し合うため、二次選考の最後まで受賞案件はだれにもわかりません。ただ、そうしたプロセスから自然に形づくられた集合知として、「未完成で粗削りでも伸び代(しろ)を応援する」ことが“X”の新たな理解に加わった気がします。それは、JXAの運営母体であるジャーナリズム支援市民基金が、ジャーナリズムに関わるプロジェクト助成を設立目的としているせいかもしれません。まだ助成を行なうだけの資金力がないため、JXAによって社会的認知度を高めながら財源を準備する予定ですが、その前から賞金に助成金のような働きを望んでしまうわけです。

 

以下、お寄せいただいた全エントリーのそれぞれに結実した問題意識と真摯な活動に深く敬意を表しつつ、5件の授賞に込めたものを要約します。

 

【X賞】
シリーズ「双葉病院 置き去り事件」
〈中川七海/Tokyo Investigative Newsroom Tansa〉

東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の過酷・複合事故時、入院患者の悲惨な置き去りが起こったことは知られていたが、救助にあたった自衛隊員らを検察が聴取した記録の入手をきっかけに、その実態を粘り強い取材で掘り起こした「息を吞む」「壮絶な」ルポルタージュ(選考評より)。「三つの置き去り」(患者の置き去り、災害弱者の置き去り、社会的マイノリティの置き去り)に対する疑義は重い。社会起業分野の国際NGOにいた筆者が、ジャーナリストを志して数年のうちに、本シリーズを含むいくつもの“探査報道”力作を世に放つ姿は注目と賞賛に値する。

 

【Y賞】
県政、市政記者クラブ経由の話題が多い地方において、ニュース「奈良の声」が小さな独立メディアの自由度を生かした探究的取材により伝えた、2021年の独自ニュースの数々
〈浅野善一/ニュース「奈良の声」〉

地域に根ざすローカルメディアに何ができるかを、地方紙記者出身の夫妻がみごとに体現した模範例のひとつ。「全国紙に先駆けて問題を取り上げるプロの嗅覚と、市民の生活に関わる報道を展開するローカル性の融合、さらに読者とのインタラクティブ性」(選考評より)は、より開かれた地域づくりに役立つだけでなく、各地の独立系メディアにとっても参考になるだろう。細部にこだわった年間80本の健筆ぶりを含め、ローカルメディアへの応援と、活動基盤強化への期待を込めた授賞。

 

【Z賞(選考委員奨励賞)】(3件)※五十音順
「障害者と生きる」
〈北井寛人/静岡新聞〉

「全介助状態」に分類される重度障がい者の息子と、認知症の母親をワンオペで世話するに至り、収入まで失った中年男性の苦闘を、入社間もない新米記者が自ら発案して追う現在進行形の連載。パラリンピックなどで一過性の注目が集まることはあっても、重度障がい者とその家族は孤立無援のまま取り残される場合が多い中、「初めて聞く話ではない」「構造的分析が不十分」(選考評より)といった声を押さえ、今後の展開を後押しする意味で選出した。

 

全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道
〈宮崎拓朗/西日本新聞「あなたの特命取材班」〉

日本における調査報道の進展を、読者の情報提供に基づく「オンデマンド調査報道」という独自の仕掛けで先導してきたチームが、読者から累計1,000件を超える通報を受け、日本郵政の不正と、自民党との癒着を暴いた。授賞対象となる2021年内の関連報道はその一部にすぎないが、顧客から10億円の詐取、内部通報した部下へのパワハラ、会社経費8億円による選挙絡みのカレンダー購入などを明らかにし、同社の内部調査に続く幹部クラスの大量処分を引き出した。

 

「辺野古に陸自」合同取材
〈阿部岳(沖縄タイムス)+石井暁(共同通信)〉

地方紙と通信社という異なる組織に属する記者が、互いに異なる現場力を活かし、半年にわたる初の合同取材によって放ったスクープは、米海兵隊用とされてきた建設中の辺野古新基地に、陸上自衛隊の水陸機動団を常駐させる日米極秘合意があったことを暴露。報道を受けた菅首相(当時)が将来の共同使用を否定したことで、なし崩しの日米共用化に一定の歯止めをかけた。基本的に単発記事だが(複数の補足記事を伴う)、内外に与えた社会的インパクトは大きく、既存メディアでも記者個人の主導で組織の壁を超えて協働する先例を切り拓いた意義を評価したい。

 

結びに、第4回ジャーナリズムXアワードは2022年内の成果物を取り上げて、2023年春には公募予定です。世界的にはロシアによるウクライナ侵攻が熾烈な情報戦の様相も呈し、現時点で核兵器の使用さえ危ぶまれていますし、国内では安倍元首相の殺害をきっかけに、旧統一教会による政界汚染が日本の戦後政治全体の再検証を迫る深刻な状況で、なおいっそうジャーナリズムの真価が問われることでしょう。

 

JXAの運営母体であるジャーナリズム支援市民基金は、その名のとおり市民みずから日本のジャーナリズムのこれからを考え、支援しようとする新しい取り組みです。伝統的な権力監視の役割に加え、私たちが“X”に託した「未知なるもの、次なるもの、越境性、実験性、変革性」などに、ジャーナリズムの未来がかかっていると思います。この活動をもっと多くの方々とともに進めていくため、第4回JXAに対する自薦・他薦のご応募だけでなく、アワード事業に続いて本基金がめざすプロジェクト助成の財源を用意するための寄付にも、ぜひご協力ください!

 

ジャーナリズム支援市民基金 第3回ジャーナリズムXアワード選考委員一同

 

 

上記のほか二次選考にノミネートされた案件(応募順)

 

「ウィシュマさん入管収容死の一連の報道」(毎日新聞入管難民問題取材班)
〈上東麻子〉

 

学校行かないとダメですか?
〈岡本俊浩/ヤフー(株)メディア統括本部 編集本部〉

 

南西諸島、米軍臨時拠点に― 台湾有事で共同作戦計画― 住民巻き添えリスクも― 2プラス2で協議開始合意
〈共同通信社 専任編集委員 石井暁〉

 

「なぜ私が不合格になったのか」――医学部不正入試、被害女性の苦悩と闘い
〈岡本俊浩/ヤフー(株)メディア統括本部 編集本部〉

 

ブラック企業と労働問題を考察する
〈今野晴貴〉

 

※選考対象記事の中で代表的な記事にリンクしています。