ジャーナリズムXアワード

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2021.12.21

【レポート】11月21日(日)オンラインイベント 「いま、日本のジャーナリズムを前へ進めるには」 ~第2回ジャーナリズムXアワード受賞者と探る~

 

第2回ジャーナリズムX(エックス)アワードを実施した2021年、日本は深刻なコロナ禍の下でのオリンピック・パラリンピック開催強行、議論を尽くしたとは思えない福島第一原発からの放射能汚染水の海洋放出決定など、民主社会を政府自身が押し崩し、市民が抱いていた閉塞感をさらに強めました。私たちジャーナリズム支援市民基金は、すべての市民にとって自由で公正な社会を創る上でジャーナリズムが本来の力を発揮してほしいという問題意識のもと、本アワード受賞者とともに新しいジャーナリズムの動きを広く共有するためのオンラインイベントを開催しました。

 

第1部: 第2回ジャーナリズムXアワードX賞、Y賞受賞者による対談
「報道現場から見える壁と、その超え方」

 

【登壇者】
◆五百旗頭幸男さん(ドキュメンタリー映画監督、石川テレビ記者)
ジャーナリズムX賞(大賞)
映画『はりぼて』
(受賞者:株式会社チューリップテレビ及び五百旗頭幸男・砂沢智史)

 

◆三浦英之さん(朝日新聞記者、ルポライター)
ジャーナリズムY賞
『白い土地 ルポ・福島「帰還困難区域」とその周辺』(集英社クリエイティブ)
(受賞者:三浦英之)

 

《進行》
・星川淳(ジャーナリズム支援市民基金代表幹事)
・関本幸(ジャーナリズム支援市民基金運営幹事)

 

 

矛先を自分たちにも向けなければならない

 

関本:本日は「報道現場から見える壁と、その超え方」をテーマに、ジャーナリズムX賞、Y賞を受賞されたお二方をお招きして対談を行ないます。まずX賞を受賞された映画『はりぼて』の監督のおひとりで、ドキュメンタリー映画監督・石川テレビ記者の五百旗頭(いおきべ)幸男さんから受賞のコメントをいただきたく思います。

 

はりぼて五百旗頭:この作品は、僕の前職であるチューリップテレビ時代につくった最後の作品です。2016年に富山市議会で議員14人のドミノ辞職が起き、当時は腐敗する議会の問題、当局側の問題として番組で取り上げたのですが、4年間経って「議会は何か変わったんだろうか」と考えてみると、政務活動費の運用指針が厳しくなるなどの外形的な改革はなされたものの、実は本質的には何も変わっていないんじゃないかと思ったのです。

 

では、なぜそうなのかと考えたときに、その責任は議会と当局だけではなく、自分たちメディアや市民にもあるんじゃないか――そう考えてつくったのが映画『はりぼて』です。4年前に番組をつくったときには、サブタイトルに「腐敗議会と記者たちの攻防」とつけていたんですが、映画では「矛先を自分たちにも向けなければならない」ということがあったのでサブタイトルを外しました。

 

この映画では、自分たち組織メディアに身を置く記者の苦悩、葛藤も描いています。それらを描くのは非常に難しい問題ではあったんですけど、ぎりぎりのラインを攻めています。全体としてはほぼコメディなのですが、ずっと笑っていた観客が最後は笑えなくなる、ということを狙ってつくりました。

 

「どうしても将来に伝えてほしいことがある」

 

関本:では、書籍『白い土地 ルポ・福島「帰還困難区域」とその周辺』でY賞を受賞されました、新聞記者でルポライターの三浦英之さんに受賞のコメントをお願いいたします。

 

三浦:まず説明がいるかと思うのですが、いま私は仙台空港のラウンジにおります。実は私の知人が2日前に亡くなってしまい、福岡で行なわれるお葬式に向かう途中です。

 

2カ月前の9月18日は、満州事変から90年という大きな節目でした。そのときに、私の知人である101歳の方が急に手紙をくれました。先川祐次さんとおっしゃる方なのですが、満州事変の目撃者です。「ぜひともこの経験を書き残してほしい」ということで、私との共同執筆での連載「101歳からの手紙~満州事変と満州国~」が始まりました。

 

もしかしたら「満州」といってもわからない人がいるかもしれませんが、かつて日本が中国を侵略して中国東北部につくった、いわゆる日本の傀儡国家を「満州国」といいます。先川さんは1920年、いまから100年以上前に満州で生まれ、満州国ができたところから満州国が戦争に負けて消滅していくところまで、ずっと目撃しているんです。彼は満州建国大学という満州で最高峰の大学に入っていたのですが、101歳になっても日本語、ドイツ語、英語、中国語を本当に流暢に話されていました。そして、戦後は西日本新聞の新聞記者になっています。その方が「最後に書き残してほしい」ということで、約一カ月間、全16回にわたる長期連載をやってきました。そして、その連載を終えて一カ月で亡くなってしまいました。僕はいま、悲しみで胸がいっぱいの状況です。

 

何も書き込まれない地図上の白い土地

 

白い土地三浦:今回、受賞させていただいた『白い土地』でも、同じようなスタイルで記事を書いてきました。僕がアフリカ特派員から戻り、記者として福島県の担当になったのが2017年秋です。何をしていいのかわからなくて、人のやっていないことをやろうと、避難指示が解除されたばかりの福島県浪江町で新聞配達をやるんですね。その新聞配達の様子を見ていた浪江町の馬場有(たもつ)町長という方が、ある日電話をくれて「どうしても将来に伝えてほしいことがある」ということで、彼の自宅での聞き書きが始まります。

 

そのとき、彼はすでに自分が末期の胃がんだとわかっていたんです。それで、死ぬ前に震災当時に何があったのか、国あるいは東京電力からどういう仕打ちを受けたのかを書き残してほしいということで、まとめた内容が『白い土地』のコアな部分になっています。

 

福島県には、いわゆる「白地(しろじ)」と呼ばれる土地があります。原発事故によって大量の放射性物質が降り注いで、いまも住民が戻れない地域は「帰還困難区域」と呼ばれています。この帰還困難区域のなかでも将来的に住民がまだ帰れる見通しのない土地を、行政は「白地」と呼んでいるのです。復興計画のなかで「避難指示の解除はいつですよ」とか「除染がいつから始まりますよ」という予定が書き込まれる白地図があるのですが、除染や避難指示解除の見通しが立たない土地には何も書き込まれないので、地図のなかでそこだけ白く浮いてしまう。そこを行政の人たちは「白地」と呼ぶ。それで今回、『白い土地』というタイトルをつけさせていただきました。

 

今回、X賞を受賞した『はりぼて』の五百旗頭さんの作品を見たときに、おおっと思ったんです。「僕がやりたいことをやっているな」みたいな感じもありました。僕と五百旗頭さんには大きく共通する点が2つあると思います。ひとつは、あえて中央ではなく地方に拠点を置いて活動をしている点。もうひとつは、たぶん五百旗頭さんも僕も「縛られないジャーナリズム」をめざしている点です。組織に所属しているのでフリージャーナリストではないのですが、組織の論に縛られていない。組織の一員ではあるけど組織に迎合しない、組織と一体化しないスタンスを保っているので、すごく親近感をもって作品を見ています。

 

「組織に縛られないジャーナリズム」とは

 

星川:ここからは対談に移りたいと思います。いま、三浦さんが対談の振りをしてくださったので、それを引き継ぐ形で、五百旗頭さんにとって「組織に縛られない」というのはどういうことなのか、その苦労や面白さなどについてお話しいただけますか。

 

五百旗頭:僕がいるのは民放局ですので、経営はCM収入で成り立っているわけですよね。たとえば企業や行政に対して厳しい報道をしたときに、そこから局がお金をもらっている営業サイドが嫌がるというのは、たぶんどこの会社でもあることです。そうしたことがあったときに、一記者としての自分のスタンスや線引きをちゃんと決めておくことが大事だと思っています。

 

自分が決めたラインを越えてくる部分があって、それが会社のスタンスとして改まらないのならば、その会社にはいられない。すごく単純な話です。その線引きは報道の現場にいる人間にとっては当然のこと。「前の会社を辞めることになって、つらくないですか?」とよく言われましたけど、自分としては気にしていません。17年間も勤めた会社だったので寂しい気持ちは当然ありましたけど、次にやりたいことがありましたから、自分が自由に表現できる場所を求めたというだけです。

 

だから、自分のスタンスを明確に決めるかどうかが、組織において自由にできるかできないかの違いになる気がしています。自分の判断基準が曖昧でぶれてしまうことによって、何もできなくなることがある。自分のスタンスを明確に打ち出して「自分はこういう人間だ」と示せば、組織側も「五百旗頭だったらしょうがないな」ということになるでしょうし、僕はそういうスタンスでずっとやってきています。三浦さんもそんな感じではないでしょうか?

 

個性的な個人商店が集まる「商店街」だった、かつての新聞社

 

三浦:そうですよね。僕が朝日新聞に入社したのが21年前、2000年です。そのときベテラン記者の方に「新聞社は商店街である」と言われたんです。ジャーナリストという個人商店があって、それがまとまったものが商店街であり、この新聞社であるというふうに言われて、僕は「ああ、いい会社だな」って思ったんですよね。つまりおいしい八百屋さんがいて、おいしいお肉屋さんがいて、すごい腕のいい自転車屋さんがいて、そういうふうに「個」がそれぞれ強いから、そこにみんなが集まってくる。

 

でも、それから10年、15年経ったときに、形態が商店街ではなくてデパートっぽくなってきたなと思うんです。デパートを非難するわけではないのですが、フロアマネージャーがいて、そのまわりに店長みたいなのもいて、僕らは商店街の個人店主だったつもりが、いつの間にか「売り子のひとり」になってしまった。「三浦さん、レジお願いします」と言われてレジだけを打つ人になってしまう感じです。これはやっぱり違うだろうと思って。

 

同じ業界とか同じ組織の人にしてみると、僕とか五百旗頭さんは「好き勝手やっているね」みたいに見られがちだと思うんですよね。そうではなくて、個が強くなれば、つまり商店街の商店が強くなれば、商店街全体としてのメリットも大きいし、そこに人が入ってくるわけです。僕が三浦魚店だとしたら、お花屋さんも見てもらえるかもしれないし、本屋にも行くかもしれない。そうやって個が強くなっていかないと、商店街はよくなっていかない。いまみたいに全体的な思想だけになってしまうと、組織としてどんどん弱くなってしまいます。だから、まずは自分が強くならないといけないと思うんです。

 

『はりぼて』に感じた1.5人称の力

 

三浦:五百旗頭さんの『はりぼて』を見たときに面白いなと思ったのは、「人称」――つまり一人称、二人称、三人称とあるなかで、テレビや新聞記事というのは、だいたい三人称が求められるんですよね。「彼はこう言いました」「知事と政治家がこうやりました」と。そこに一人称の視点は入ってこないのが建前です。だけど、『はりぼて』では、社会事象や報道機関は基本的に三人称ですけど、そこに撮る側が少し映り込んでいる。イメージで言うと「1.5人称」っぽいんです。だから、なんとなく感情移入もできるし、物語としても成立している。

 

だいたい物語の世界は一人称で突っ込んでいくんですよね。僕のノンフィクションは、基本的には一人称で三人称を見ています。「私はこう思った」という形で読者をひきずりこんでいきます。『はりぼて』の場合は、完全な一人称ではないけど、1.5人称の力がある。だから、「いいものを撮るドキュメンタリストが出てきたなあ」と思って、ちょっと興奮しました。僕がすごく影響を受けた作品のひとつです。

 

ドキュメンタリー制作の不文律に抱く違和感

 

五百旗頭:いま三浦さんが「自分たちも映り込ませる」とおっしゃいましたが、これまでのテレビのドキュメンタリーのつくり方には、「ディレクターの存在感は消す」とか「記者の質問はできるだけ出さないようにしなければならない」といったルールみたいなものがあったんですよ。でも、その業界の不文律に明確な理由はないんです。昔からそういうふうに言われているから、みんなそうやってきた、みたいな。

 

だけど、実際は記者やディレクターとして取材の現場にいるわけなので、その現実を変えてしまっているわけですよね。それは、やっぱりおかしいし、フェアじゃない。だけど、僕の作品を見て「おたくの記者は目立ちたがり屋なのか。そんなに映りたいんだ」ということを恥ずかし気もなく言う業界の人もいます。別に目立ちたいから映っているのではなくて、自分たちと被写体との関係性を描いているのだから、自分たちが映るのも自分たちの質問を生かすのも当然なんですよね。その当たり前のことをやっているだけですけど、理由のない不文律を信じている人たちは、「なんだこれ」となりがちです。

 

本来、もっと表現は自由であっていいはずですが、特にテレビの業界はおかしいことだらけ。ドキュメンタリー制作でいうならば、ナレーションできっちり説明して、最終的には何か番組としての解を求められる。でも、答えを提示できるほど自分たちは偉くないし、そもそも取材相手が何者なのか最終的にわからなかったりもするわけです。その曖昧で複雑なものから何か答えを導き出して提示するなんてことはできません。でも、それを無理やりやってきたのが、これまでの日本のテレビであり、ドキュメンタリーだったと思うんです。

 

そこにずっと違和感を持っていたので、「そうではない描き方」をしたのが『はりぼて』であり、いま僕がつくっている番組でもあります。世界的なスタンダードとは日本は明らかに違うので、そろそろ日本の業界も認識を変えなければならない。いまはネットフリックスとかで海外のいろいろな作品が見られるので、一般の人もそのことを認識し始めていると思います。

 

その土地に足を置く「生活者としての視点」

 

三浦:五百旗頭さんの作品もそうだし、僕の『白い土地』もそうだと思うのですが、基本的には「生活者としての視点」ですよね。東京や大阪の大きなメディアが、「3月11日が近いから福島の問題を取材に行こう」とか、「富山市議会でなんか面白いことが起こっているから、ちょっと行こう」という風に出張で数泊して取材して、また東京や大阪に帰って原稿をつくったり編成をしたりするものとは違う。

 

僕らはそこに住んで足を置いているから、「来て帰って終わり」ではなく、ずっと付き合っていかないといけない。だから、怒りも大きいし、悲しみも強い。それに、こういう風に報じたら僕に書かれる人はどう思うのか、書かれたものがどう受け止められるかというのを、半径5m以内で感じることができます。傲慢な言い方をすると、やっぱり五百旗頭さんの『はりぼて』も僕の『白い土地』も東京や大阪から出張してきて取材する人にはつくれないものだと思います。

 

そうしたときに、「じゃあ、東京(大阪)にいるメリットってなんですか」という挑戦的な質問になると思うんですよ。かつては、東京とか大阪がキー局となって情報をコントロールしながら発信していました。でも、SNSが広がって、簡単な機材で収録・発信もできるようになったら、むしろキー局ではないほうがクリエイティブなものがつくれるんじゃないか。

 

だって、東京や大阪に行けば組織が大きくなって大デパートになるわけです。三浦魚店は地下に押し込められて、ワンエリアで魚を売るだけの店になる。だけど、地方に行けば商店街がまだあって、三浦魚店の看板を掲げられます。しかも、いまはネットがあるから三浦魚店から北海道にも沖縄にも魚を送ることができる。それなら仙台とか岩手とか福島でいいじゃない、と思うんですよね。五百旗頭さんは、地方にいることのメリット、あるいは都会にいることのデメリットをどんな風に考えていらっしゃいますか。

 

地方からいまの世の中を切り取ることはできる

 

五百旗頭:僕は地元が兵庫県で、大学までずっと関西にいました。それで、たまたまチューリップテレビに採用されたという流れなんですけど、テレビ局に入りたての頃は、やっぱり20代後半とか30代になったら地元の準キー局やキー局に行きたい、という憧れみたいなものを持っていました。だけど、いま同じような思いでいるかというと、それは一切なくて。中央でつくっているもの、とくにドキュメンタリーに関しては、すごく表現の幅が狭いし窮屈そうだなという印象があるんですね。

 

それに、いろいろなものを取材してくると、地方で起きていることだけど、それをとらえて描くことで世の中の本質が見えてくることがいっぱいあると気づく。だから、別に東京で取材しなくても、地方から今の世の中を切り取ることは、いくらでもできるわけです。しかも、ローカル局のほうが比較的自由につくれて、表現の幅も広い。大きな組織に入ればいろいろな制約や自主規制があって、やりたいことができなくなるのが、なんとなく見えている。そのことがはっきりしたら、もう大きな局に行きたいという意識は一切なくなりました。

 

いままでの地方局は、ローカルのドキュメンタリーをつくったときに、全国ネットでも放送してもらえれば万々歳という感じでした。あとは、その番組が賞をとれば、もうOK。でも、いまはローカルで放送したものを映画化して全国に発信して、さらにアジアなど海外にも発信していくことができるわけです。そのほうがローカル局にとって未来が開けるし、可能性もある。僕はそっちをめざしたいと思っています。ローカルのほうが世界と勝負できるドキュメンタリーをつくれる可能性がある。その可能性に賭けている状況です。

 

「誰も傷つかないニュース」ばかりでいいのか

 

三浦:五百旗頭さんが以前にチューリップテレビでつくった『沈黙の山』とか、いま石川テレビで放映なさっている『裸のムラ』も非常にクオリティが高くて、「東京のキー局じゃ、まず流れないだろうな」みたいな、ちょっとインディ感があって新鮮ですよね。たとえば一流のフレンチレストランで出てくるような料理と違って、五百旗頭さんのはゴツゴツしているし、正直言ってしっかり噛まないと飲み込めないところもある。東京でつくられているものは、なんでも食べやすく、柔らかく、よく煮込んであって、「胃もたれもしない」感じが多い。だけど、五百旗頭さんの作品は、胃もたれがするから2日連続は食いたくないというところがあります。でも、それこそが現実だよね。

 

五百旗頭:そうですね。だから、胃もたれして拒絶する人は徹底的に拒絶する。だけど、表現ってそういうものだと思うんです。万人受けしようとすると、表現はどんどん角が取れて丸くなって、だれでも飲み込みやすい、咀嚼しやすいものになってしまう。でも、その表現というのは果たして力をもっているのか、本来の表現なのだろうかと考えると、そうじゃないと思うんですよね。

 

三浦:「だれも傷つかないニュース」みたいなものが重宝されているけど、現実は悲惨です。今回のコロナでも病院に入れないで次々に亡くなっていくみたいな現実があるわけです。自分の身近な人がそういう状況になったら、それが「傷つかないニュース」になるのかと思う。コロナに関しては頑張った報道人もかなりいたけど、こんなに「誰も傷つかないニュース」ばかりでニュース枠を埋めていいのかと思います。五百旗頭さんがつくっているような、賛否両論ある番組をなるべく発信していってほしいと思います。

 

権力がコントロールできないジャーナリズム

 

三浦:それから、「対権力」という部分で考えてみると、権力側にとっては発信拠点が一カ所に集まっていたほうがコントロールしやすいですよね。情報を発信するところが集まっていたら、そこをガチガチに固めればいいわけです。だけど、地理的にも外れたところ、たとえば北陸には五百旗頭さんがいて、東北には訳のわからない三浦がいて、大阪とか四国、沖縄にも、ちょっとコントロールできないやつがいる。東京にも元気のいい望月衣塑子さんみたい人がいますけど、そういうコントロールできない人たちが、東京だけじゃなくて地方にもいることが、いかに権力者としては嫌なことか。

 

つまり、東京の編集局やその上部とか、なんとかクラブさえ抑えておけばいいという風な、いままでのやり方ではもうコントロールできなくなっている。それは、権力者にとって極めて脅威だし、民主主義にとっては極めて健全なことです。権力者を監視して、おかしいことはおかしいですよという風に恐れずに言ってくることが、たぶん権力者としては一番嫌なことだと思うんです。今回の『はりぼて』もそうですし、僕の『白い土地』もそうです。そこを今回のジャーナリズムXアワードには評価してもらったと思います。権力者の好きなようにはさせませんよ、事実を事実として提示しますよ、あなたたちのつくった絵にはのりませんよ、ということです。

 

いま大きなテレビ局が流そうとしている「絵」というのは、多くの場合、権力者だったり、資本をもった企業だったりが描いたもの。だけど、その絵と僕らが見ている現実は重ならないところが大きい。それとは違う絵を、SNSあるいは書籍という小さな分野、映画という狭いスぺースでしっかり提示していかないと、この国のジャーナリズムや民主主義がどんどん衰退していってしまうと思います。

 

若い世代は周りを気にしすぎている

 

星川:中央の大きなメディアに代わるジャーナリズムをつくっていかなくてはいけないという話は、大きなメディア組織のなかにいる人からも聞くのですが、お二人がやられているのは、本当にその先のジャーナリズムなんだろうと思います。

 

ただ、若い人とかは、三浦さんや五百旗頭さんのように自分のポリシーを持ってやっていきたいけれど、それで組織とぶつかったときにはどうしたらいいのか、と考えると思うんですよね。ジャーナリズムを仕事にしても、すぐに食いっぱぐれてしまうのだろうか、できるだろうか、と不安になるかもしれません。そのあたりはどうなんでしょう。

 

五百旗頭:さっき僕はそのあたりの話をしたので、三浦さんに聞いてみたいですね。僕の場合は、いまの会社も前の会社も小さな組織です。その小さな組織でさえいられなくなったという重い事実はあるんですけど、三浦さんは本当に大きな組織のなかで、中央ではなくて地方を現場に選んで仕事をされてて、完全に東京の意向とは違うことを堂々とされているわけですよね。実際、かなり難しい局面もあると思うんですけど、もし仮に会社を追われたら、僕よりも三浦さんのほうが失うものが大きい気がするんですよ。三浦さんがどういう気持ちと覚悟でやられているのか、ちょっと聞いてみたいです。

 

三浦:テレビキャスターっぽい嫌な質問をぶち込んでくるなあ、という感じですね(笑)。でもですね、とはいえ、みんな新聞社に入ってくるときは、やっぱりジャーナリズムみたいなものに憧れて入ってくるわけです。紆余曲折あって曲がっていくこともありますけど、根っこでは、やっぱり本多勝一とか筑紫哲也みたいに、みんなジャーナリズムをやりたいんですよね。

 

僕も必ずしも賞賛ばかりじゃないです。そうではない意見のほうが多いかもしれない。だけど、賞賛じゃない意見を言ってくれる人も、実は自分もやりたかったけどできない環境があるとか、やっぱりいろいろあると思うんです。ただ、一方の方向にぐっと押されたときには、必ず反作用というぐっと押し返す力というのがあるんですよね。とくに少し前、安倍政権のときにはぐっとメディアが押されたわけです。でも、それを戻そうという反発の力が必ず出る。それに、組織も大きいので僕みたいな人間が地方でやっているところで、そこまで気にしていないと思います。

 

ただ、若い世代が、周りでどういうふうに言われるのか、どういうふうに見られているのかを気にしすぎている感じはありますね。実際に「三浦さん、そういうことをやっていて本当に大丈夫ですか」と相談に来る若い人はいます。「僕も自分で本を書くとか、自分のテーマを持ってやっていきたいけれど、会社の上司に目をつけられないだろうか」と言うんだけど、目はつけられますよね、もちろん。会社の指示ではないんだから。

 

「自分の剣を研いでおけ」

 

三浦:もちろん会社の仕事もやらないといけないけど、何がやりたくてこの先が見えないような業界に飛び込んできたのかといったら、それは自分の会いたい人に会って、取材したいことを取材して、書きたいことを書く、あるいは撮りたい絵を撮って作品をつくるためですよね。そうしたら、それを失うのは本末転倒だし、何を言われようが、それはそれとして受け止めて、やりたいことをやっていくしかない。それで、何かなってしまったとしても、そこはもう致し方ない。

 

五百旗頭さんも同じだと思うけど、むしろ「自分の剣を研いでおけ」ということですよね。自分の剣も研いでいない、つまり取材力もない、文章力もない、構成力もないままで「やりたいことをやりたい」と言っても、それは無理ですよ。何もつくれません。まず自分の剣を研いでおいて、立派な剣になってから戦えるというのはあると思うんです。

 

そのためには、とにかく本を読まないといけないし、映画も含めていろいろな作品を見ないといけない。優れたノンフィクションを読んで読んで読んで、自分も取材して取材して取材して、いろんなシチュエーションを全部体験して、そのなかでやっと自分の武器ができてくる。それが自分を守ることにもつながります。ちょっと焦点を外した答えになってしまって恐縮ですが、そんなように思っています。

 

やりたいことができないほうが怖かった

 

五百旗頭:三浦さんの言葉をお借りして、いまの質問にお答えしていいですか。その「剣を研ぐ」というのは本当に重要で、自分の例を挙げると、僕は40歳を超えていまの会社に転職したので、「よく移れたね」とか「よく移ったね」と言われました。でも、三浦さんが言っていたことが答えで、それまでにいろいろな作品をつくってきていたので、剣の部分では何とかできるだろう、という気持ちがあったんです。

 

それよりも、当時は自分のやりたいことができなくなることのほうが怖かったんです。前の会社で悶々としている自分を見ていた妻が、むしろ背中を押してくれました。「それやったら、新しい場所を探したほうがいいんじゃない」と言ってくれたので気持ちが楽になって、就職活動に移れたという状況もありました。職を失う怖さよりもやりたいことができなくなる怖さのほうが勝っていたんですよね。それが本当に素直な気持ちでした。

 

三浦:先ほどのお返しで五百旗頭さんにちょっと意地悪な質問をすると、『はりぼて』は素晴らしい作品で賞も総なめしていますが、あれはチューリップテレビの作品になるわけですよね。今度、石川テレビに移ったときには、そこでまた『はりぼて』や『沈黙の山』以上のものをつくらないといけなくなる。そうなると相当ハードルが高いんじゃないかと思います。つまり、お聞きしたいのは「これから、五百旗頭さんは『はりぼて』以上の作品を撮ることができるのか?」という、意地悪な質問です。

 

五百旗頭:いやあ、激励をいただいたと受け止めます。やっぱり言われますよ、そういうことは。でも実は、三浦さんがおっしゃったようなプレッシャーを、僕はあんまり感じていないんです。それよりも、やっぱり自分のやりたい表現をしたいという思いのほうが強い。僕が最近つくった『裸のムラ』というのは本当にヘンテコな番組で、もし確実にさらなるテレビ業界の賞が欲しいなら、こういう作品はつくらなかったし、つくれなかったと思います。でも、自分としてはそこに向かっていった。

 

周りが考えているほど、僕には「『はりぼて』を超えていかなければならない」みたいな気持ちはないのですけど、もちろん「比べられる」ということは意識しています。そういう緊張感を持ちながら、いかに次の表現を高めていくか、さらに研ぎ澄ましていくか。それは常にやり続けなければならないこと。なので、「やります」「頑張ります」としか言えないです。

 

 

五百旗頭幸男(ドキュメンタリー映画監督・石川テレビ記者)
1978年兵庫県生まれ。2003年チューリップテレビ入社。スポーツ、県警、県政などの担当記者を経て、16年からニュースキャスター。20年3月退社。同年4月石川テレビ入社。映画製作で『はりぼて』全国映連賞、日本映画復興賞、座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル入選。番組製作で『はりぼて~腐敗議会と記者たちの攻防~』文化庁芸術祭賞優秀賞、放送文化基金賞優秀賞及び制作賞、日本民間放送連盟賞優秀賞、地方の時代映像祭優秀賞。『異見~米国から見た富山大空襲~』ギャラクシー賞奨励賞、日本民間放送連盟賞優秀賞。『沈黙の山』ギャラクシー賞選奨、日本民間放送連盟賞優秀賞。『裸のムラ』地方の時代映像祭入選。富山市議会政務活動費不正受給問題の取材で菊池寛賞、日本記者クラブ賞特別賞、JCJ賞、ギャラクシー賞大賞。

三浦英之(朝日新聞記者、ルポライター)
1974年、神奈川県生まれ。2015年に『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、18年に『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、同年に『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞、19年に文庫版『南三陸日記』で第25回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、21年に『白い土地 ルポ・福島「帰還困難区域」とその周辺』で第2回ジャーナリズムY賞を受賞。現在は岩手県一関市在住。

 

 

 

第2部:第2回ジャーナリズムXアワードZ賞受賞者による鼎談
「地域・SNS・若者――これからのジャーナリズムの可能性と多様性」

 

【登壇者】
◆坂本昌信さん(静岡新聞清水支局長)、遠藤竜哉さん(静岡新聞文化生活部記者)
ジャーナリズムZ賞
「サクラエビ異変」
(受賞者:静岡新聞「サクラエビ異変」取材班)

 

◆たかまつななさん(時事YouTuber、株式会社笑下村塾代表取締役)
ジャーナリズムZ賞
たかまつななさんによるメディアミックス発信4編(YouTube、note、ウェブ記事など)
(受賞者:株式会社 笑下村塾 たかまつなな)

※ 「」 クリックで詳細を表示します。

 

◆石井佑果さん(一般社団法人NO YOUTH NO JAPAN)
ジャーナリズムZ賞
U30 世代のための政治と社会の教科書メディア NO YOUTH NO JAPAN
(受賞者:一般社団法人NO YOUTH NO JAPAN)

 

《進行》
奥田裕之(ジャーナリズム支援市民基金運営幹事)

 

 

市民のネットワークに支えられた報道

 

奥田:でははじめに、Z賞を受賞された方からそれぞれ受賞コメントをいただきたいと思います。

 

サクラエビ異変遠藤:「駿河湾の宝石」などと称されることもあるサクラエビですが、近年の記録的不漁を契機としまして、若手や中堅記者で構成する静岡新聞「サクラエビ異変」取材班は2019年1月から本格的に連載をスタートしました。取材班では「『海』の問題はすなわち『川』の問題であり、『森』の問題であり、そして『人』の問題である」という理念を共有してまいりました。

 

とくに感謝を申し上げたいのは、われわれのこれまでの取材活動を支えてくださった一般市民の方々です。漁師、釣り人、研究者といった方々、さらには同じような環境問題を抱えていらっしゃる全国の方々に多大なお支えをいただきました。つまり自然の変化をつぶさに観察して、海、川、森の連環というものを敏感に捉え、異変を察知して声を上げてこられた方々です。これらの方々のネットワークに支えていただいたと思っております。

 

われわれの国におきましては市民レベルで「これはおかしいんじゃないか」と思うことがあっても、なかなか報道レベルでは反映されない、調査されないことがよくあります。そして、そのことによって解決が遠のいてしまう。サクラエビの問題は、メディアが環境問題にどうアプローチして、どう解決に導き得るのかという、ケーススタディではないかと思っています。われわれとしましては、市民とメディアの関係性と、その在り方に一石を投じることになればいいと思いつつ、今後も地元の環境問題について取り組んでいきたいと思っています。

 

大手メディアではできないことを発信する

 

たかまつ:みなさま、ごきげんよう。私は株式会社笑下村塾という会社をしておりまして、全国の学校に出張授業に行き、若い人の投票率を上げるために主権者教育をやっています。そのなかで、もっと若い人に日常的に政治や社会問題に関心を持っていただきたいと思いまして、YouTubeで伝えるということをしています。

 

私自身がNHKの報道局でディレクターをしていたこともありまして、なかなか大手メディアではできないことを、YouTubeのなかでわかりやすく伝えたいと活動をしてきました。内容としては、政治家の方へのインタビューですとか、あまり知られていない自民党の部会などで行なわれていることを発信して透明化を図るということをしています。

 

たかまつななたとえば、政府が「9月入学」を検討していたときには、自民党と公明党で行なわれた識者による講演会の内容をそのままYouTubeで再現してもらいました。また、自民党の総裁選のとき、ワイドショーなどでは「石破茂さんは飲んだらつまらないからダメだ」と言われていたのですが、それは論点としておかしいと思ったので、逆に「石破茂は飲んだら本当に楽しくないのか?【サシ飲みトーク検証】」という企画をYouTubeでやり、石破さんを呼んで実際にいろいろなお話を伺うということをやりました。

 

これらは簡単に見えるかもしれないですけど、大手メディアでは政治部以外から政治家にアプローチするのは厳しいことを、私自身は感じていました。実は、石破さんのインタビューも動画だけでなくテキストメディアとコラボレーションして記事化しようとしたのですが、いくつかのメディアから断られてしまっています。ウェブ上であっても簡単には政治家のインタビューを掲載できないんだな、という実情を感じました。

 

私たちのメディアでは、そういうタブーなく自由に発信しています。それは別に私がタレント業をやっているから特別な人脈があるということではなく、普通に「お問い合わせフォーム」から連絡して、取材を受けていただいています。YouTubeの長い尺で自由に伝えられるというところを生かしつつ、ツイッターのハッシュタグなどを使って社会運動にもしていく形で、社会問題解決型のYouTube番組をつくりたいと考えています。

 

どうしても客観的に伝えてしまいがちなメディアのなかで、「私はこう思う」というオピニオンもそうですし、直接相手にあたるということもそうですし、ハッシュタグなどで解決策まで提示することも含めて、問題解決までの一歩を踏み出せるようなメディアをつくりたいと考えてやっています。よかったらチャンネル登録してください。どうぞよろしくお願いします。

 

SNSでU30世代の投票率向上をめざす

 

NOYOUTHNOJAPAN石井:「NO YOUTH NO JAPAN」でインスタグラムの編集をしております石井佑果です。私たちは「U30世代のための政治と社会の教科書メディア」として、投票率向上を目的に大学生中心の約60名で活動しています。主にインスタグラムでの情報発信を通じて、日常の問題や社会の課題への意識を考えるきっかけづくりを行ない、「私たちが生きたい社会をつくろう」と思うU30世代の仲間を広げることをめざし、いままで約2年間活動を続けてきました。

 

約60名が大学生中心ということで、専門家ではない立場でありながらも、情報収集や編集に力を入れています。学生中心メンバーによる等身大の視点とSNSの広がりを意識したデザインを強みに、現在は約8.5万人にフォローしていただいております。10月末に実施された衆院選では、U30世代で活動している団体と一緒に衆院選を盛り上げるプラットフォームづくりを行なったり、「もっとクールに意思表示をしてもいいよね」という思いでTシャツ販売を行なったり、インスタグラムで「これさえ見れば選挙に行ける!」といった投稿を発信してきました。

 

今後もさらに活動を幅広く展開して、政治参加を当たり前に感じられるような参加型デモクラシーを育むことを目的に活動していきたいと考えております。インスタグラムをフォローしていただけるとうれしいです。

 

「自分でメディアをつくる必要がある」と思った

 

奥田:みなさんはそれぞれに、まったくバックボーンもアプローチの仕方も違いますが、「やむにやまれず始めた」という点では共通しているように思います。いままでの延長線上でやっていたんではダメで、このままでは伝わらない、実行できないということから、今の試みを始めたのではないかと感じています。「なぜ、それをやらなくてはいけなかったのか」について、それぞれにお話しいただけますでしょうか。

 

たかまつ:私はもともとメディアをやるつもりがまったくなかったんです。お笑い芸人としてスタートして、お笑いを通して社会問題を発信したいと思って、いろいろな番組に出ていました。そのなかには心あるスタッフさんもいたんですけれども、視聴率がとれないとかスポンサーの一声によって番組の方向性というのが本当に大きく変わってしまうのを現場で何回も見てきて、スタッフさんと悔しい思いをしたことがありました。

 

「じゃあ、本当に視聴者のため、国民のためを思った報道はどうしたらできるんだろう」と思ったときに、NHKだったら「受信料モデル」、つまり視聴者のみなさんからお金をもらうモデルなので実現できるかなと思ったんです。けれど、良くも悪くもNHKは大きな組織だったので、やりたいことをやるまでに時間もかかるし制約が大きい。そこにすごく限界を感じて、若者のためのメディアが必要だなと思うようになりました。

 

学校への出張授業に行くなかでも、生徒さんから「今日、政治に関心をもちました。何のメディアを見たらいいですか?」と質問されるのですが、「賛成反対両方の意見を聞きましょう」とか「新聞を読みましょう」とか、そういう上っ面なことしか答えられませんでした。だったら自分でメディアをつくる必要があるなと思ってメディアを始めたのです。

 

私自身は、NHKでタブーとかセクショナリズムの壁を飛び越えることができませんでした。私がいたときの実感としては、NHKは政権に忖度しているというよりも、与野党含めて政治そのものを遠ざけているという印象があります。でも、社会問題を解決するためには「かわいそうな人たちがいる」という報道だけではなく、それをどうやったら解決するのかがやはり必要です。それは政治的なことになるし、「じゃあ、だれがお金を出すの?」となったときに税金を投入するという政治的な判断も必要で、その優先順位を上げていく作業をするには政治に踏み込まなくてはいけない瞬間がたくさん出てきます。ですから、YouTubeでそういうことをやっています。

 

あと、私は若者の圧力団体が必要だと思っているので、いまそれをめざしています。「9月入学」とか大学入試改革とか変な方向性に進んでいってしまったときに、それに対して声を上げられる圧力団体が今はないように思います。私のYouTubeチャンネルがもっと大きくなったら、「私にはフォロワー100万人いますけど、これに反対と言いますよ」と伝えることができるんじゃないか。そういうアクティビストとメディアの間くらいの存在をめざしています。

 

「伝える力」と「専門性」のコラボレーション

 

坂本:長く「サクラエビ異変」の取材を続けていますが、我々の特徴というのは、大学の専門家とのコラボレーションではないかと思っております。我々には伝える力はあっても、化学とか物理といった専門性はありません。ですから、やむにやまれずの報道という点では、取材に説得力をもたせるために大学の先生たちとコラボレーションをしながら報道してきたということがあります。

 

最近ブレイクスルーした報道としては、東京海洋大の先生と一緒に富士川中下流域に堆積している汚泥の成分を調べたところ、採石業者が10年以上にわたり川に不法投棄していた高分子凝集剤入りポリマー汚泥の成分が残留している可能性があることが分かったというのがありました。それがサクラエビや鮎の不漁につながっている可能性があるという内容です。

 

実は、この報道の前から、川の調査が必要だということをずっと当局に言い続けていたのですが、なかなか動いてくれなかったのです。最終的には担当者から「そんなに流出しているというなら、静岡新聞さんが自分で実験して成分が出たら我々も動きます」という高を括ったような発言もあったわけです。その悔しさが大学の先生たちとのコラボレーションと報道につながりました。実際、この報道のあとには山梨県は流出を正式に認め、静岡県と一緒に川の調査をするようになっています。

 

奥田:静岡新聞の「サクラエビ異変」取材では、専門家だけでなく市民との協働も特徴的な部分だと思うのですが、それは日常的にやってこられたことなのでしょうか?

 

坂本:今回の報道以外にも、地元の大学の先生たちがつくっている研究会とのコラボレーションは行なっています。また、地元の方たちとは常日頃からネットワークを結んで、富士川の環境に関してLINEやメール、電話などでやりとりをしています。そういう点においては、市民との協働が進んでいると思います。

 

若者の「きっかけづくり」に注力したメディア

 

石井:NO YOUTH NO JAPANの特徴としては、やはりインスタグラムで政治のことを発信しているところにあると思います。政治の話題を取り上げる媒体はテレビや新聞など大手メディアであることが多いと思いますが、それでは結局、関心のある人にしか届かない。そこに私たちは危機感を覚えていて、もっと身近なSNSから発信していきたいという思いでインスタグラムに投稿しています。あくまでも私たちは「きっかけづくり」に注力してつくっているので、それによって「選挙に行こう」と思ってくれた人には、より詳しいメディアを見ていただけたらいいと思っています。

 

奥田:NO YOUTH NO JAPANが政治的な「入り口」となって、もっと若い人たちに関与していってほしいという考え方が最初からあったのでしょうか。

 

石井:いまの若者、とくに20代は3割程度しか投票に行っていないという状況があります。でも、投票というのは「私たちが生きたい社会」をつくるための権利であって、それを使わないのはもったいないと思っているんです。私たちは、日頃の生活で「ちょっと、これは嫌だな」ということがあっても我慢してしまうことが多いんですよね。そういうことを「もっと投票で意思表示していいんだよ」と伝えるのは、とても大きなことだと思っています。積極的に政治参加をしてモヤモヤを声にしてほしい、そういう思いで始めました。

 

「分かりやすい」だけでなく裏付けが必要

 

奥田:ここからは、ほかの参加者のご活動についても、自由に質問や意見などを出していたければと思っています。たかまつさんは、ほかの皆さんのご活動についてどう風に思われますか?

 

たかまつ:静岡新聞さんのお話ですが、まさに私たちももっとエビデンスに基づいた議論をしないといけないと感じているところです。とくに今回の衆院選報道では危機感を持ちました。いままでは「わかりやすく伝える」という団体が私たち以外には少なかったのですが、今回の衆院選では本当に増えたんですね。政党別のマニフェスト比較表や候補者への質問と回答をわかりやすく見せるようなものが溢れていました。でも、自分たちのイデオロギーに寄せた「わかりやすい解説」というのもけっこう多かったんですよ。

 

たとえば、自民党・公明党の回答が全部「×」で、ほかの政党は全部「〇」みたいなアンケートばかり、ということがありました。それは偏っているから問題だと思っています。わかりやすく伝えることも大事なんですけども、エビデンスとかファクトをもとにやらないといけない。そこに気をつけすぎたのがNHKかもしれないので、覚悟も持たなくてはいけないのですが、裏づけとなるものがやはり必要だと思います。

 

次の参院選では、私も学者さんともっとコラボレーションしていきたいと思うのですが、ただ、アカデミックなところと人が知りたいところは違っていて、学術的に言える内容だと狭くなったりとか、スピード感が遅くなったりということがあると思うんですよね。時間という意味でも、記事をつくるコストが何倍にも膨らむ割には成果が見えにくい。大手メディアでの主流は、こちらの質問に対して自分たちが欲しいコメントを学者の人からもらうという方法だと思うのですが、そちらのほうが早くつくれる。そうしたバランスをどうとっているのか、どのようにコラボレーションされているのか、ぜひ静岡新聞さんにお伺いしたいです。

 

審議会政治へのアンチテーゼでもあった

 

坂本:ありがとうございます。たかまつさんご指摘の通りで、これは新聞、とくに地方紙だからできたことなのではないかと思います。そもそも3年も続く連載というのが極めて異例ですが、専門家の先生方がつくっている私的研究会と完全に連携させていただきまして、我々が事務局機能を務めて弊社に来ていただき、半日かけた研究会を合計5回くらい開きました。そのなかで自由にご議論いただいて、その内容を新聞に丸々1ページ割いてずっと載せてきました。

 

たしかに速報性はないかもしれないですが、説得力をもたせるために、そういった展開をしてきたということです。もうひとつ私たちが考えたのは、審議会政治へのアンチテーゼだったと思うんですよね。行政機関には審議会がたくさんありますけども、これははっきり言って自分たちに寄せたコメントをとるためにあると思います。ですから、「連携」という言葉が非常に重要だと思うんですけども、我々が抱えた研究会ではなく、先生たちには本当に自由に討議していただきました。我々が考えていることとは真逆の仮説も出てきて、それも紙面に取り上げましたし、紙面にならないところでは我々と先生方の喧嘩などもありました。

 

そうやって先生たちとの信頼関係をいろいろなレベルで築き、一つひとつ前に進めていきました。そして、どんな結果になっても紙面で見せていく。「こんなことまでしている」ということを見せること自体が、僭越な言い方をするとコンテンツ力になると思いますし、ジャーナリズムになるのかなというふうにも思っています。足を使って動けばやっぱり心ある大学の先生はいるんだということも、この取材を通じて感じました。

 

「投票に行こう」と呼びかけ続けることの限界

 

奥田:石井さんは「自分たちが入口でありたい」というお話をされていました。入口である自分たちの先には、どういうものがあると思われますか。

 

石井:私たちのインスタグラムは、前回の衆院選期間である2週間で新たに約2万人の方にフォローしていただきました。でも蓋を開けてみたら、投票率は大して変わっていなかったんですね。もちろん、そのなかでも「初めて選挙に行きました」という声は聞こえてきていて、少しずつでも影響力はあるというふうにも思っているのですが、こうやって「みんなで投票に行こうよ」と声をかけ続けることにも、やはり限界があるという気はしています。

 

そこは、たかまつななさんと同じような問題意識ではないかと思っているのですが、もっと制度面で変えていくこともそうですし、U30世代の当事者として発信していることを強みに、私たちがU30世代の声を集められる団体になっていくことも重要ではないかと考えています。

 

紙媒体でできる可能性を追求したい

 

奥田:今日のテーマは「これからのジャーナリズムの可能性と多様性」ですが、みなさんご自身の活動の可能性、もしくはそこから見たジャーナリズムの広がりについて最後に一言ずつお願いします。

 

坂本:ジャック・アタリの書いた『メディアの未来』を読んでいるのですが、ここに書かれている話は我々としても示唆深いと思っています。まず、ジャーナリズムは、この先に自営業化が進むという話があります。そして、デジタル技術を駆使した特定層向けの「デジタル版アッヴィージ(親書)」といった方向にメディアがなっていく、ということが書かれていました。たかまつさんやNO YOUTH NO JAPANさんのご活躍は、まさにそのお話にぴったりくるものではないかというふうに思います。

 

ただ、我々は新聞社に所属している記者ですので、紙の媒体がどうなっていくのかということも考えざるを得ません。この本にも書かれているのですが、世界的に見ても日本の新聞購読率はまだ高い。我々としては「紙媒体でできること」の可能性を、今後も追求していく必要があるんじゃないかと思っています。やはり権力に対する影響力やプレッシャーという点でも、紙という物体が毎日毎日、自宅や役所に届くことの重要性は大きいと思うんですね。

 

それから、以前にたかまつさんがウェブインタビューで、フェリス女学院時代に「人のよさを認めて、自分を高めよう」という気概のある同級生がたくさんいたという話をされていたのですが、そうした気概というのはメディアにとっても重要ではないかと思っています。このようなアワードの集まりでお話をさせていただくことも、「人のよさを認める」気概を考えていくうえで重要なことだというふうに感じます。

 

社会の分断をどう壊すのかが、これからの課題

 

石井:SNSは「届かない人に届く」というメリットになっているとも思うのですが、SNSでもフィルターバブルなどを通じて分断が進んでいるというふうに思っています。その分断を越えていかないと、活動を行き届けることも、日本をより良くすることもできません。そうした社会の分断をどうこれから壊していくのかは、私たちの課題であり、ジャーナリズムの課題だと思っています。

 

まだブレスト段階ではあるのですが、私たちとしてはSNSやメディアを通じてだけではなく「直接会う」ことも大事だというふうにも感じてきているので、学校への出張授業や会社の研修などといったところも、私たちの活動を取り入れていくことが大事ではないかと考えています。

 

ターゲットをしっかり定めて、論点整理を

 

たかまつ:自分たちは「社会問題解決型」ということを謳っているので、そこをやっていきたいと思っています。たとえば今回の衆院選報道では、日本若者協議会さんとコラボレーションさせてもらいました。減点報道が多い政治報道を加点報道に変えようということで、主要6政党の若者議員さんで実際に実績をあげている人を事前取材するようなこともしました。

 

メディアが「編集権があるから事前に記事を見せません」というのは、もうちょっと古いと私は思っているんです。ほかの企画でも、監修者をつけて企画段階から入ってもらうことを大事にしているのですが、社会問題解決のために手段を選ばずにコラボレーションしていくことは、ひとつ大事なことだと思っています。あとは、ターゲットをしっかりしていくこと。今までも新聞などは社会問題解決のための調査報道や速報性がある報道など、いろいろな形でやってきてはいますが、ターゲットが曖昧でふわっとした状況で動いているように思うんです。

 

私は子どもの自殺の取材をずっとやっていますが、「じゃあ、解決のためにどうすればいいのか」というときにひとつ手法としてとっているのは、著名人につらかった時の記憶を話してもらい「あなたは一人じゃないよ」というふうに居場所をYouTube上でつくるということです。8月31日になると自殺報道は増えますが、「自殺者数が増えました」という報道を見て「命を守ろう」という行動をとる気になるかというと、ならないと思うんですよね。ですから、ターゲットをしっかりしていくことは社会問題解決のために必要です。

 

あと、もうひとつは論点整理だと思います。フェイクを含めていろいろな情報が広がっていくなかで、政治家が選挙のときに立てた論点が選挙の争点になるのでは、やっぱりまずいと私は思っています。社会問題解決のためにどうすればいいのか、メディアがもっと論点を立てていく。新聞などで大きな選挙の争点として出てくるのは年金や社会保障、安全保障ですが、若者にしてみれば「それって私たちの思っている論点じゃないんだけどな」という乖離がある。まだ私たちもそこまで出来ていませんが、いままでとは違う、実際に普段から若者の声を聞いたうえでの論点整理ができるといいと思っていますし、それも私たちでやっていきたいと思っています。

 

奥田:みなさんからコラボレーションについての話がいくつか出ていましたが、メディア同士のコラボレーションというのも積極的に実現できたら、より広がりができるかもしれません。私たちの基金が、そういうきっかけになればいいなとも思いました。今日はみなさんありがとうございました。

 

 

坂本昌信(静岡新聞清水支局長)
名古屋大学法学部卒。2002年毎日新聞社入社。2010年静岡新聞社に入社、社会部などを経て2021年より現職。

遠藤竜哉(静岡新聞文化生活部記者)
慶應義塾大学文学部社会学専攻卒。2009年静岡新聞社入社、豊橋支局長などを経て2021年から現職。坂本、遠藤のほか若手・中堅記者で組織した「サクラエビ異変」取材班にて、早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞、科学ジャーナリスト賞、平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、農業ジャーナリスト賞などを受賞

たかまつなな(時事YouTuber、株式会社笑下村塾 代表取締役)
1993年神奈川県横浜市生まれ。時事YouTuberとして、政治や教育現場を中心に取材し、若者に社会問題を分かりやすく伝える。18歳選挙権をきっかけに、株式会社笑下村塾を設立し、出張授業「笑える!政治教育ショー」「笑って学ぶ SDGs」を全国の学校や企業、自治体に届ける。著書に『政治の絵本』(弘文堂)『お笑い芸人と学ぶ13歳からのSDGs』(くもん出版)がある。大学生時代に、フェリス女学院出身のお嬢様芸人としてデビューし、「エンタの神様」「アメトーーク!」「さんま御殿」などに出演、日本テレビ「ワラチャン!」優勝。 さらに、「朝まで生テレビ」「NHKスペシャル」などに出演し、若者へ政治意識の向上を訴える。

NO YOUTH NO JAPAN
大学生を中心とした団体で、Instagramメディアの運営やイベント、キャンペーンのプロデュースなどを通じて「U30世代が政治や社会を知って、スタンスを持って、行動する入り口をつくる」ことをめざしている。